━━━━━どうして、こんなことになってしまったのだろうか。 なぜ、我はこんな場所にいるのだろうか。 …自問自答をしても、その問い掛けも、答えも、わからない。 【無意識からの助け声】 …最後に、人を話したのはいつ頃だっただろうか。 あのときはまだ、1人の研究員として活動していた頃だっただろうか。 相談を受け、依頼される度にその者の方へと向かい、事情を聴いた。 その相談と依頼の内容は…なんだっただろうか? ………………思い出せない。 この場所に留まり、人と話さなくなって以来、忘れてしまったのだろうか。 それでも…、たとえ話さなくなっても、今まで自分が何を望み、 何を伝えたかったのだけは忘れるわけにはいかない。 だから、我はその気持ちと望みを日誌に残した。 だが、今はもうその日誌は手元には残っていない。 どうして手元にないのかも、わからない。 …自分がしたいこと、しようとしたこと、そしてしたこと。 我は、それを何もかも思い出せなくなってしまったというのか。 確かに、年齢が原因ということは考えられるかもしれない。 …たくさんの拘束具に覆われたこの身体。我自身が高年齢であることは、 自分の髭を見れば、わかることだ。 今いるこの場所の鏡を通じて、自分の身体が今…、 どんな状態なのかは知ることができる。 ………それでも、本当に年齢のせいなのか? それを決定づけようとしても、なぜか違和感が拭えなかった。 ………なぜ、我はこんなところに1人でおるのか? 我が書いた日誌は、なぜ手元にないのか? 「………」 今過ごしているこの部屋の内装は、一見質素に見えて豪華にも見える。 家具や調度品には、繊細な装飾が施されている。 ここが一体どこなのかが知らぬ者がこの部屋に入ったら、どんな顔をすることやら。 (…なぜ、こんな格好で、こんな部屋にいるのか?  それは、寧ろ我が聞きたい。故に、我に聞くでない) 部屋にあるベッドに腰かけ、大きな溜息をついた。 このベッドにも、かなり良い素材が使われていると思われる。 掛け布団も、敷布団も、ふかふかだ。 部屋の内装はこんな様なのに、おかしいと感じている点はもう1つ。 …とにかく、薄暗い。部屋の中は薄暗い。 部屋全体を見てみるが、照明そのものやその代わりになる物は何も無い。 部屋の中が確認できるのは、鉄格子の隙間から入る光のおかげだ。 光…おそらく太陽のもので間違いはないであろう。 何せ、隙間から見える景色は、緑の墓場でいっぱいなのだ…。 誰が、好き好んでこんな場所に来るというのだろう。 こんな場所に、まさか我が1人で過ごしているとは思わないだろう。 ………1人?本当に1人なのだろうか? 気がついたときに食事が運ばれ、それを食べ切って食器だけを残しておくと、 いつの間にかそれが消えておることだし…、なんだかよくわからぬ。 生活そのものには困ってはおらぬが、自分が今どんな気持ちでここに住んでおるのか。 それを、一体誰に問い掛けるのがいいのだろうか………。 ………毎日、決まった時間に決まったことが行われる。 我は今、どうしてこうやって過ごしているのだろう。 なぜ、同じ時間に、同じことを繰り返して生きているのだろう。 自問自答をしてみるが、やっぱり…答えは出なかった。 こうやって…自分自身と何度か向き合ってみても、 結局…、答えどころか手掛かりも浮かぶことはなかった。 …もはや自分だけではどうにもならぬということか。 それならば、誰かにどうにかして会う以外、方法はないようだ。 そうすることにして立ち上がり、まず最初に部屋のドアの方へ向かった。 …部屋の中を隅々まで調べるなら、今のうちだ。 人工的な照明は何1つない。日が暮れてしまうと真っ暗になる。 固く閉じられたドアのノブに手をかけ、開けようとする。 『ガチャッ………。ガチャガチャガチャッ………』 ノブを握って、何度が回そうとするものの、ノブは回らない。 鍵がかかっているということだろうが、こちら側から見たノブには、 鍵穴らしき穴が何もない。………ならば、外側にあるのか? 外側から、誰かに鍵をかけられたということなのか。 それならば………、我は誰かに閉じ込められた。………のか? どうして、我がそうされられねばならないのか。 本当にそうなのかを確かめる術は今のところは無いが、 そうではないのかと読むと…、怒りがこみ上げてくる。 ………さすがに、理不尽ではないだろうか? 我は何度もノブを回し、ドアを開けようとするものの、 ………ドアは一向に開く気配が無く、 我に出るなと言うように閉ざされている。 「…っ?…なぜ開かぬ?なぜ閉じ込めた?  おい、誰かおらぬのかっ!?おらぬのかっ!!?  誰でもよいっ!!聞こえておったら返事をせよっ!!!  我はここにいるっ!!!返事ををせよっ━━━━━!!!」 「━━━━━…??」 ━━━━━今、何か声がしなかったか? 次の居場所への偵察目的で移動中。 そのときに…老人のような声が聞こえたが…気のせいだろうか。 大きく、高い塀に囲まれた建物の近くを横切ったところで、 茶色のバンダナを巻いた女性…コンが、ふと振り返った。 振り返って、左右や後ろを見るが、 その声の主と思われる者は、誰もいなかった。 道行く人は、一見は皆極普通の一般人。 犬の散歩をする者に、子連れの母親及び父親、 あとは…運動クラブに所属し、ランニングを行っている学生達か。 (飼い主や親、監督の声かと思ったが…、どうも違うみたいだ。  皆、さっきしたような気がした声とは違う) それならば、自分の気のせいだったのかもしれない。 出ていくことを余儀なくされた、あの出来事から数日立つとは言っても、 まだ気分は晴れてはいない。憂鬱な気分ゆえにゆえに、 何か思い込みをしたのかもしれない。 …もし、気になることが後に出てきたら、スキーマに話してみよう。 コンは、特に気に留めることなくその建物を通り過ぎた━━━━━。 『━━━━━ガチャッ!!ガチャガチャガチャッ………!!!』 「…おいっ!!!誰かおるかっ!!!?おらぬのかっ!!!!?」 ………。 ………………。 ………………………。 ………………………………。 何度も声を荒げ、ノブを扱う音も大きくなっていった。 それでも、結局…返事らしきものは、何もこなかった。 「………」 何も来ぬならば、ドアを開けるという選択肢は無しだ。 意識のない物が動かぬならば、もう諦めるしか無い。 興奮していたようだ。肩や胸は呼吸で上下しておる。 一度、自分を落ち着かせようと、ドアの前から離れ、呼吸を整える。 っ…別の手段を探そう。何か、人と話せそうなものはないだろうか。 そうすることにして、次に見つけたのは光が差し込む鉄格子だ。 鉄格子の隙間から覗き、向こう側…景色の中に人がいないかと確かめる。 180度見回したいが、自分の脱出を阻むかのように 建てられた鉄格子が邪魔をしている。 見ることができる範囲で周囲を見ようとするが、うまく見ることができない。 それでも、どうにかして外の様子を見る。 目を凝らし、誰かがこの近くにいないだろうかと見つめる。 …だが、そうしてみても…やはり、人らしき姿は見当たらなかった。 それを再確認すると、がっくりと肩と落とし、 鉄格子から背を向け、ベッドに腰かける。 『━━━━━ドスンッ!』 落ちるように座り込むと、大きな音が鳴った。 それで、音は薄暗い部屋の中へと溶け込み、やがて聞こえなくなった。 一瞬騒がしくなったかと思えば、また静かになったこの室内。 それだけで…、この部屋には我しかいないことを思い知らされる。 (…なぜ、誰もおらんのだ?) 自分がここにいる理由も、他の誰かがここにいない理由も。 ぐるぐる、ぐるぐると考え続けた。頭を捻り、 思い出したいことを思い出そうとするものの、うまくいかない。 静寂に、1人になっているこの有様。 自分自身が、今どういう気持ちになっているのか。 それを、認めざるを得なかった━━━━━。 『━━━━━ありがとうございます、……………様。危惧するのは、  あの謎の方がお書きになった日誌の内容通りでございます。  できる限り…、お早めの執行を願います』 生前の世界からの依頼を受けて、この場所に立ち寄った。 生前の場所でありながらも、ここを管理しているのは、 経った今来た自分と同類の者だった。 謎の方と言われる者が一体何者なのかはわからない。 わからないが、まぁ…一応これも仕事ではあるかという、 煮え切らない悩ましげな顔をして、誰かが管理人を見る。 お礼と依頼の書かれた台詞の紙を手渡され、首を傾げた。 『調べるのみならばまだしも…、執行は行き過ぎなのではないかの?  この日誌に書かれた者達の動機と罪状は、皆憶測に過ぎぬというなら…』 管理人からもらった日誌を手に取り、右親指を使ってページをめくる。 内容にある程度目を通してから、本当にいいのかと問うと、 管理人はペンを持ち、所持しているメモ用紙に何かを書き始めた。 書き終わると、それをその誰かに手渡す。 『いえ、事が始まってからでは遅いのです。日誌に書かれた方々は、  いずれもこの世界を脅かす者になりかねない者達。  そうなる前に鉄槌を下すのが、賢明な判断と言えましょう』 ………筆談だ。この文章は、管理人の声そのもの。 これを見て、誰かは目を瞑り、肩を落とす。 そんな誰かの身体は、機械的に改造されている。 左腕に装着されているブレードで、首を刎ねろとでもいうのか。 …こう勧められても、まだそうだと確信を持っていないうちは、 仮にその可能性があるとしても実行しかねるところがある。 思い込みだけでそうしてしまうと、理不尽な行為になりかねない。 ………………傲慢だ。 管理人の台詞の文章を読む屋や、誰かは首を左右に振る。 『悪いが、確かな証拠もないのにそうすることはできぬ』 首を左右に振り、顔をしかめて管理人に言い返した。 きっぱり、はっきりとそう言った誰かに、 管理人も判断に困ったような顔をして、誰かを見る。 誰かと目を合わせた後に、またペンを手に取りメモ用紙に何かを書く。 書いて見せたその内容は、それでもなお自分に頼むもの。 『う…、た、確かにこちらも日誌の内容を鵜呑みにしているかもしれません。  それでも…どうか調べるだけでも、できませんか?  この手のことは、貴方だから頼むことができるし、期待もできるのですが…』 『ふむ…』 文を書き終わったそれを見せた顔は、とても困った顔だった。 それに対し、誰かの方は目を瞑り少しの間黙ってしまう。 考えるように俯き、再び顔を上げた後に出した答えは。 『御意。拙者も宛がないことじゃ。  それに、罪を犯すという確信がないということは、  同時に犯さぬという確信もないということでもある。  …謀事かもしれぬからのう」 『おぉ、引き受けて下さるのですか?』 『うむ、拙者も仕(つかまつ)る。調べられることを、調べようぞ』 『あ…、ありがとうございます!』 調べるだけ調べる。向かうだけ向かう。そういう答えだった。 深く頷きながら出した誰かの答えに、 管理人も嬉しそうに飛び上がった。 片手に取った日誌をチラリと見て、誰かが管理人に話す。 『この日誌は、暫……………もらおうぞ。  この者達の顔と名を……………があるのでござる』 『えぇ、喜んで。貴方が引き受けてくれるならば、心強いです』 『お気にめさるな。………………次第、……………参る。  …………………………………のは、危険極まりぬからの』 『わかりました。お待ちしております』 誰かにそう告げられ、管理人も頭を下げた。 この約束するやりとりを最後に、 誰かが管理人から背を向けた━━━━━。 ━━━━━ふと、知らない誰かの声が、脳裏に過った。 そう言えば、ずっと…ずっと前、 このような、特徴的な何者かの言葉を聞いたような気がする。 だが、その者の名前を我は知らぬ。 何かを告げておったと考えられる台詞も、 今となってはもう…、部分的にしか………。 …日誌は?日誌はどうなったのだ? 書いた後に………どうしたのだろうか………? ………やはり、思い出せぬ。すぐにでも思い出して、 誰かにこのことを知らせたいというのに。 いや…、そもそもそうするにはここから出る必要がある。 だが、鍵は部屋の外側からかかっておる。 「………………」 どうにかして鍵を壊すか。それとも、 誰かがここを見つけてくれるのを待つか。 実行する手段はどちらか1つか、その両方か。 いずれにせよ…、今は…、思うことを、 思うようにやるしかない━━━━━。 END