自分の隣を、パタパタと子供達が駆けていく。 背後からやがて前へと追い越していくのを、ただ…ぼんやりと見つめる。 ………どことなく、悲しく、寂しい気持ちになった。 【陰り見抜かれ】 ━━━━━午後4時頃を迎えた頃だろうか。 日は西の地平線へ沈み始め、空が少しずつ暗くなっていく。 自分の追い越した子供達の、すっかり遠くなってしまった背中を見つめながら、 コンネスが小さく溜息をついて、歩き出す。 別に、駆けていく子供達を追い掛けるつもりは無い。 子供相手に何かを盗むなど、言語道断。 まだ明るさを残す空とは対照的に、子供達の影は…暗かった。 「………」 その影が目に映るなり、コンネスは一瞬立ち止まった。 影は、子供達にくっつくように浮かび上がっている。 なのに…、子供達の方はというと、 浮かび上がっている影には見向きもしていない。 ………なぜだか、悲しくなった。 「子供らは無邪気に駆け回って、おれは窃盗行為か…。  一体、なんでこんな違いができてしまったんだろうな…」 そう呟いてから、再び歩き出した。 その足取りは小さく頼りないもので、とぼとぼとしたものだった。 ほんの少し目を細めて、夕日に向かうようにただ道に沿って、歩き出す。 …窃盗依頼もなく、知り合いも傍にはいない。 今はただ…、何も聞かず、何も考えずに歩いていたい。 少しだけ顔を上げて夕日をちらりと見てから、道を進んでいく。 時間帯が時間帯のためか、人はあまりいない。 風景が風景なためか、楽しそうに見える大人はいない。 まだ色を残しながらも、だんだんと灰色へと変わり、 やがて黒い色になっていくこの世界でも、 子供達だけは確かに楽しそうだった。 「…まったく、いつでもどこでも子供ってのは…」 一体、何が楽しいのだろう?どうして、そんなに楽しいのだろう? 道行く子供達の様子を見て、内心で悪態をつきながらもそれは口にしない。 少なくとも、自分に直接的なことをしていない以上、 自分の方から子供達に手を出すのは、あまりにも理不尽で身勝手だ。 何もしていない者に手を出すのが、理不尽かつ身勝手。 …そうではないのかと認識しながらも、 ━━━━━ときにどうしようもない感情に駆られることがある。 つい先程まで無表情に近かったものが、突如歪んだ。 密かに持ち歩いている拳銃や短剣といった凶器を、 自分を追い抜いていった子供達に、突き付けたくなった。 握り拳をつくり、歯を食いしばることでそれをなんとか防ごうとする。 (…本当なら、おれだってあんな感じに…━━━━━) 湧き上がっていた感情を認識し、 今が今でもこれだけは避けようと掟づけたルールでそれを抑制する。 自らが唐突に誰かを傷つけないようにすることで、精一杯になる。 歩くスピードはだんだんと早くなり、 目の前に誰がいるのかには目もくれることなく、 拳が振り下ろされようとしたときに、 『バサバサバサッ━━━━━!!!』 鳥の羽ばたく音が聞こえた。 「━━━━━っ!!!?」 その音が耳に入ると、コンネスがハッと顔を上げる。 目を少しだけ見開き、我に返ったかのように辺りを見回す。 キョロキョロと見渡せは、たくさんのカラスが 夕日を目指して飛んでいくのが見える。 よからぬ行動を起こそうとしたのと同時に飛んだカラスを見て、 振り下ろされようとした拳を下ろす。 まるで無用な攻撃は止めろと告げるかのような羽ばたきに、顔を強張らせる。 子供………カラス………。 「………?」 ………不吉なのは、寧ろおれ………? 行動は止まるものの、結局負の感情は止まらなかったらしい。 慌てて周囲の人々の様子を確認するが、 コンネスのことを、そこまで気に止めているものはいなかったらしい。 それを見て、コンネスはホッと胸を撫で下ろした。 目を伏せ俯き、そして肩を落とせばまた前を見る。 カラスと夕日の様子は、変わっていない。 それに少しだけ安心感を覚えると、落ち着きを取り戻して歩き出した。 「…早く、ケートスの元へ帰らないとな」 口元を緩ませ、出てきた言葉はある種の頼れる存在。 今自分が頼れる数少ない者の名前が挙がるが、 それでも…自分の心に陰りとして残る負の感情は、拭えなくて。 『歩いているときは、いつだって前向き』 そんな死者の台詞を聞いたことがあるが、 自分の場合はどうもそうなれないようで。 何か、苦しいものを抱えたまま…コンネスは歩き続ける。 …帰路についたときのこと。 「………?」 いつもなら、ケートスが『おかえり』のあいさつをし、 先に帰ったアイが駄々をこねながら自分に泣きつく。 今日はなぜか…、その2人はいなかった。 普段通りならば、彼女等はいるはずなのだが…。 疑問を抱きながら、コンネスが寺院の中を歩き回る。 法堂、本坊、方丈、そして龍渕閣ととにかく探してみたが、 どこにも2人の姿はなかった。その4ヶ所以外にも、 日頃生活するのに使っている部屋にも、いない。 (おれが出かけている間に…2人に何かあったのか!?  …いやいや、考えすぎだ。たまには日頃と違う行動をしても変ではない。  勘違いだったら、それはそれで恥ずかしいぞ…) 寺院の中を進んでいく度に、冷静さを失っていることに気付く。 首を左右に振り、募る感情を振り払おうとする。 そうして、内部を再び歩き出し、いるはずなのにいない2人を探す。 …丁度、寺院の裏側に回ったときのことだった。 寺院の壁にもたれかかり、夕日をバックに誰かがいることに気付く。 「…?」 …その影の形は、少なくとも…どう見ても女性のものではない。 大柄で、なおかつ髪の長い男性など、 自分の知り合いの中では1人くらいしかいない。 コンネスと、その誰かの目が合った。 一体、彼がどうしてこんなところにいるのだろう。 「…スキーマ?」 「えぇ、こんばんは」 屈強な身体付きにに不釣り合いかもしれないその白衣。 彼の姿を見て驚いてから、怪訝そうにコンネスが名前を呼べば、 スキーマも微笑してあいさつをする。 軽く頭を下げたスキーマに、困惑しつつもコンネスが近づく。 眉を寄せ、一体何の用だと言わんばかりの、悩ましそうな顔。 「どうして、ここに?」 疑問に感じたことを、そのままぶつけると、 スキーマから、こんな答えが返ってきた。 「いえ、彼女達のご依頼を承ったまでですよ。  特別、私に企みや考えなど、ございません」 「彼女等の依頼?アイとケートスか?2人はどこにいるんだ?」 「お二人ですね…」 スキーマからの答えを聞いても、よくわからないと首を傾げる。 そんなコンネスの反応を見て、予想通りだと笑えば、 スキーマも微笑んで事情を説明する。 「アイさんとケートスさんですが、急用ができたということで、  少し前に、外出なさったのですよ。  それにおきまして、貴方も帰ってくることですし、  寺院を無人にするのは避けたいということで、私が引き受けただけですよ」 「おまえが…?なぜだ?いや…、そもそも急用とはなんだ?」 「たいへん申し訳ございません。…その詳細は、私にはわかりかねます。  本当に、私はただお二人に頼まれただけですので…」 「…そ、そうか…」 微笑みながらも、ほんの少しだけ困ったように感じたのは、気のせいだろうか。 スキーマからの説明を聞き、コンネスも…疑問が完全に消えないながらも、 ある程度安心を取り戻したのか、頷いた。 コンネスの様子を見て、スキーマも目を細めて、口元を緩ます。 …どうやら、煮え切らないのはお互い様らしい。 この様子だと、スキーマもスキーマで深い部分は知らないようだ。 そのため、これ以上問うのは無駄なことかもしれないと、コンネスも割り切る。 「事情があるならいい。…2人の姿が見当たらなくて、正直動揺したが」 「でしょうね。いつも変わらぬ日常に、  突如変化が訪れると誰でもそうなりましょう。  …に、しても…。動揺ですか…。…ふふっ…」 「…?…おい、どうした?何がおかしい?」 正直に思ったことを言うと、なぜかスキーマが小さく笑い出した。 手で口元を覆い、含み笑いを浮かべているようにも見えたこの態度に、 コンネスが少しムッとして問い掛ける。 そうしてみると、笑みを絶やさないスキーマから返ってきたのは、こんな言葉。 「…いえ、貴方にもそんなところがあるのだと思いまして」 「『そんなところ』…?どういう意味だ?」 「お二人がいないとお気付きになられて動揺なされた…。  意外と、貴方も寂しがり屋なのだなぁと………」 「なっ━━━━━!!!?」 この研究員は、何てことを言い出すのだろう。 くすくすと笑ってどんなことを言うのかと思えば、 『寂しがり屋』…。まさかそんな言葉が返ってこようとは…。 何か馬鹿にされたというか、甘く見られているというか。 よくわからないが………恥ずかしくなって、腹が立って。 コンネスは、スキーマに怒る。 「何を言い出すかと思えばっ!!何のつもりだスキーマッ!!  いくらおまえだからといって、何を言ってもいいとは思ってないだろうなっ!!?」 「…おや?気を害されてしまいましたか?そんなつもりはなかったのに…」 「もう少し言葉を選んでくれっ!!言ってることが直球すぎるっ!!」 「ストレートすぎました?」 「ストレートどころか、ストライクだっ!!」 ムキになり、怒鳴り声を上げたコンネスに、スキーマも笑うのをやめて首を傾げた。 きょとんとしてコンネスに尋ねると、今度は頼み込むように言われて。 研究員として、それ以上の追い打ちをコンネスにかけるつもりはない、 スキーマも頭を下げて、素直に謝った。 「それは誠に申し訳ございません」 「まったく…。研究員というのはこうも人のことを暴きたくなるものなのか…」 「否定はしませんよ。私達は、答えを見つけるまで探し続けるようなものです。  そして…、それも仕事のうちなのですから」 「探ることが、仕事か………」 謝ったスキーマを見ると、コンネスも怒鳴るのを止めた。 それで、肩と落とし大きく溜息を付く。怒りが呆れに変わったのか、 コンネスが目を伏せて吐き捨てるように言うと、 スキーマも苦笑いを浮かべてそう言った。 ………探し続けるということは、答えを暴き出すということなのか。 それをする対象にもよるのだろうが、ときどきその行動が、 怖くなるときもある━━━━━。 ………もしかして、スキーマは今まで抱いていた自分の感情を、 見抜いたうえで『寂しがり屋』と言ったのだろうか? 悲しさも、寂しさも、動揺も、そして不安も。 その殆どを、自分の何かを見て見抜いたということなのか。 「………ネスさん。コンネスさん?」 …ふと、不意に名前を呼ばれた。自分自身、 知らないうちに黙り、俯いてしまっていたらしい。 名前を呼ばれ、顔を上げると…スキーマが自分の顔を覗き込んでいる。 その表情は、少し心配そうな顔。いや…表情とはいっても、 スキーマの左目は、感情を伝える顔としては機能していない。 「表情が強張っておられますよ。大丈夫ですか?」 自分を呼ぶ声と 感情の伝達手段としては一部機能していない顔。 それを見聞きすると、コンネスも答える。 「…いや、すまない。大丈夫だ」 「そうですか…」 だが、それだけ言うと、また黙り込んでしまった。 そんなコンネスを、スキーマはただ心配そうに見つめている。 それでも、それ以上…コンネスは何も言わなくなってしまった。 END