━━━━━今年は珍しく、1人で初詣に来た。 去年までは共にお詣りに来ていた友達は、 1人は人間達の世界へ旅に出て、もう1人はお留守番だ。 その人が留守を引き受けてくれたので、自分だけが1人お詣りしに来たという流れだ。 友達同士集まり、にぎやかに神社に来るはずが…。 大鋏の男、マルゲリが1人鳥居の目の前に立つ。 …だいたい、正月が終わって少し経ったくらいだろうか。 去年と比べてみると、神社は賑わいを無くし、寂れた感じがした。 それでも、神社そのものが生きている名残は残っていて、 見える範囲内で…お賽銭箱と鈴はまだ設置されている。 …よかった。このような物まで撤去されたら、たまったものではない。 お守りはあくまでお守りだ。自己暗示で自分を強く保つためのものでしかないかもしれないが、 これから…機械が発達しすぎたがゆえに滅びの道を歩みつつあるこんな世界だ。 人間達の世界も、自分達死者の世界も、まだ滅ぶまではいかなくとも、 色を失い、寂れつつはある。そんな印象だった。 それゆえに、精神的な強さを与えてくれる場所や物は、 どんなに寂れようとも必要不可欠になってくる。 …正直、人々にはもう…期待できそうになくて。 年を重ねるごとに、参拝客も神職の者も、減ってきているような気がする。 それに悲しさを寂しさを抱きながら、マルゲリは鳥居の前で深くお辞儀をして、 神社の中へと入っていった。 【孤独な願い】 神社の中へ入るなり、まず最初に目に飛び込んだのは、拝殿だ。 その手前に賽銭を投げ入れる柵があり、 数が少ないながらも人が参拝しに来ているようだ。 お守りを買う場所は今の時間から開いている一方で、 おみくじを買う場所は、まだ開いていない。 マルゲリは、先にお詣りだけしようと、手水舎へと向かった。 お酌に水を汲み、両手を口を洗う。 正月が過ぎた頃ということもあり、まだまだ寒い日は続いている。 手水舎の水も、凍るように冷たかった。 参拝の準備を済ませ、拝殿の前まで歩き、 財布から100円玉を1つ取り出し、柵へを小さく投げる。 そうして、右の鋏と左手を合わせ、頭を下げる。 「………」 ………鳥居に入るところから、手を合わせて頭を下げるところまで、 一貫して無表情だった。…だが、ほんの少しだけ悲しそうにも見えた。 こんな顔をして、一体何を願えばいいのだろうか。 何かを悟ったようでもあり、覚悟を決めたようにも見える。 頭を上げ、お詣りを済ませた後に、周囲にいる参拝客の様子を眺める。 他の参拝客は、沈んでいるように見えた者のいれば、 意気込んでいるように見えた者もいる。 ………この先、何があっても意気込めるような気持ちがあればいいのに。 そう心の中へ呟いてみたものの、それは誰の心にも届かないことだろう。 周囲の参拝客の様子を目で確認すると、時計を見る。 今はちょうど午前9時を過ぎたところのようだ。 お守りとおみくじ、その購入場所によって開店時間は異なるらしい。 マルゲリは、先にお守りを見てみることにした。 本殿から離れ、ちょうど東にある授与所と呼ばれる小屋へと行ってみる。 「(授与所…、いろんなお守りがあるなぁ…)」 授与所に行き、購入手続きを行う巫女とちょうど向き合う形になる場所まで近づく。 マルゲリと巫女を挟むように、いくつもの種類のお守りが売られている。 安産、交通安全、受験合格、就職成功、良縁…その種類は挙げていくときりが無い。 種類と一緒に価格も見るが、値段もお守りごとにまちまちで、 500円程度のものから7000円程度のものまで様々だ。 …お守りには、確かに科学的根拠はないが…。 1人は旅立ち、もう1人は自分のために留守番をしてくれている。 ここは1つ、皆の分も買ってあげようかと考えてみる。 「(えっと…、ガラティアには身体安全か厄除けで…、   ルーポラには恋愛成功で…、エモクオは良縁がいいかな…。   うーん…、お詣りに行くって決めてたなら、   このあたり、皆の希望でも聞いておけばよかった…)」 …ガラティアには渡せそうにないや。…と一言付け加える。 「(科学的な根拠は証明されてないんだ。いっそのこと、   ここは見た目で選んでみる?…完全に僕の好みになっちゃうなぁ)」 …目の前で、キョトンとして自分を見つめている巫女の様子には目もくれない。 お守りを前にしながら、うなされているようにマルゲリは悩み続けている。 「(いやいや…、そもそも頼まれてもいないのに買うのは良くないよなぁ。   …今は、僕だけの分を買った方が賢明か。   お守りそのものはいつでも買えるからね…)」 ………自分の左胸から切れた数珠なる物が垂れている。 それを左手で取って眺めてみるものの…、とても困った顔をして再びお守り売場へと視線をやる。 それで、思い出したと同時に忘れてしまったかのように、こんなことを呟く。 「(━━━━━…あれ?僕のこれ、どんな効果だっけ?)」 僕のこれは赤い色…、確かガラティアと同じ色だよね。 あとは…ルーポラとエモクオが同じ色だったはず…。 あれ?その前にこれ…いつからつけられてたっけ…? …色は思い出せても、効能とつけられた時期は思い出せなかった。 ………結局、お守りは自分の分しか買わなかった。 どんな効果があるのかをざっくり選び、赤く透き通った天然石のようなお守りを選んだ。 それをジーっと眺めて、効果を確認する。 縁結びと、特別祈願というものらしい。 「(特別祈願はよくわからないけど…、縁結びは悪くないな)」 確認し終えると、「1年間大事に身に着けよう」と、 左胸から垂れている物と、経った今買った物を付け替える。 付け替えが終わると、ニコッと笑って一旦引き返そうと神社を出る。 おみくじが買えるようになるまで、まだ時間はある。 それまで、近くのお店で時間を潰そうと思った。 授与所からくるりと背を向けたとき、 お守りを包んでいたパッケージと一緒に、ひらりと1枚の紙が落ちた。 「(…あれ?)」 …こんな紙、いつの間に?自分自身に疑問を問いかけながら、 マルゲリは左手でそれを拾い上げて、表面を見てみた。 表面には、自分が買ったお守りの効果を高める参拝場所が書かれてあった。 「(お詣りならさっき拝殿でやったんだけどなぁ…。   …ある意味、重なっちゃうよね。別の願い事にしようかな)」 別にしなくてもお守りの恩恵はくれるのか。 それとも、それをしなくては得られないのか。 少し悩んだが、時間はまだあるのでその紙に従うことにした。 …まず、向かう場所は拝殿と向き合った地点からほんの少し北東の位置。 そこに、自分の買ったお守りの原料となる研石があるので、 その前まで向かい、お守りに3回程度触れる。 ………なのだが、紙に書かれてある地図の方角を掴むことができなかったため、 北東に向かうはずが、北西に向かって行ってしまったようで。 「(…あれ?おかしいな。…多分ここじゃない。   紙に書かれてある名前と違う)」 間違って向かった場所にも、確かに小さな賽銭箱と神社はあった。 だが、自分が行くべき場所の名前と異なる名前であったことに気づき、 その場で首を傾げた。その後、方角を間違えたか、と呟き、 今度こそはと東の方へ進む。 間違っていった神社と向かうべき神社の間の道に、 3台程度の人力車とはっぴを来た女性が少数の参拝客に何か言っている。 それは、参拝客の声に部分部分が遮られてしまいよく聞こえなかったが、 参拝客の間からよく見てみると、女性と同様にはっぴを来た猿がいることに気付く。 「(え…?…猿?)」 その猿は、首から女性の左手にかけてリードで繋がれている。 猿には、特に戸惑っている様子はなかったので、 気にはなったが…きっとよく稽古された猿であろうと自己完結し、 2回目のお詣り場所に向かった。 2回目のお詣り場所へ向かった。その場所への新たな入口を示すかのように、小さめの鳥居が建っている。 鳥居をくぐり神社へと入ったその区域に、また別に鳥居があるのは、不思議な感じだった。 念のため、もう1つの鳥居の前でも深くお辞儀をする。 「って………あれ?」 お辞儀をし終えて鳥居をくぐり、研石はどこかをと探そうと足を踏み入れたときに、 先に参拝に来ているのだろうか…。自分の知人である、エモクオの姿があった。 両腕から勾玉のような形をした宝玉をぶら下げて、小さな神社の前で頭を下げている。 それを見て、今度は思わず声を上げた。 …すると、お詣りが終わったのだろうか。エモクオが身体を起こし、 賽銭箱から背を向けた。そうされることで、 マルゲリとエモクオの目が合った。 「「あ」」 2人揃って、間抜けな声を上げた。特に一緒に行こうなどという約束はしていない。 いわゆる、鉢合わせというものであろう。 「な〜んだ。エモクオも来てたのか」 「エ?マ、マァ…」 …一瞬、不審者かと思った。…そう感じたことは、口にはしないでおく。 マルゲリが声をかけると、エモクオも戸惑いながら頷いた。 その声を最後まで言い終えるか否かのところでマルゲリも歩き出し、 賽銭箱の目の前に立ち、エモクオと並ぶ形を取った。 「…何か、願い事とかしてたの?」 「イエ…、ベツニ」 「別にって…、結構長く頭下げてたみたいだけどね。  さすがに、何も願ってないわけじゃないだろ?」 「………」 …少しだけ、意地悪な顔をしてマルゲリが尋ねた。 この態度を見たエモクオは、両腕を組んで反論する。 …無機質な仮面を被っているかのようなその顔。 どんな感情を抱こうとも、それを表す表情は決してわからない。 「…ナニカ、ネガウコトハ、ソンナニダメナコト?」 「いやいや、そう言ってるわけじゃないけどさ」 「ナラ、ドウシテソンナカオ、スルノ?」 「そんな顔?…僕、君を不愉快にさせる顔してた?」 「エェ。チョットカンニ、サワッタワ」 「そっか…。それはごめんねぇ。失礼だったな」 「………」 表情はわからないものの、答えたその声は低かった。 『勘に障った』と言ったところから、苛立ちや怒りを抱いたか。 それならば、これ以上何か妙な態度を取ると、火に油を注ぐことになりかねない。 この神社の中で争う気はない。マルゲリは素直に謝った。 そうして見るものの、エモクオの機嫌が直ったのかはわからない。 マルゲリは、それを確認することなく賽銭箱から離れ、 紙に書かれた研石はどこかと探す。 エモクオは、そんなマルゲリを黙って見ていた。 ━━━━━ナニヲ、ネガッタカナンテ、ドウシテソウ…キクコトガ、デキルノカシラ? 紙に書かれた通りのことを行っているマルゲリを横目で見ながら、 エモクオは再び賽銭箱の方を向き、両手を合わせて頭を下げる。 チラリ、とマルゲリを見たその目は、何かを懸念しているようにも見えた。 そんなことをしていると、何事もなかったかのようにマルゲリが再び賽銭箱の前にやってくる。 そうして、自分のちょうど隣に立ち…、頭を下げた。 エモクオの方からは、何も聞かない。そんなマルゲリを一瞬見てから、 自分も何かを願うことを続行した。 ━━━━━願おうが、願うまいが、所詮…自身が反省と自覚をし、 行動しなければ何も変わらないということをわかっていながら、 なぜこうも神頼みをするのか。願いながらも、内心そう疑問を抱く。 それでも…、見えないところで誰かが…いや、何かが自分の味方になってくれるというのなら、 どんなに効果がないと言われようが…孤独に願うものなのだろうか。 どんな願いをしたのかを、知られることもなく━━━━━。 END